清水三徳氏(元城北小学校校長)の釣り人生を振り返ります
第9話 《美味なる魚 第1回》
 秋である。残暑が厳しく季節の変わり目が判りにくくなった昨今だが、海はきちんと秋を告げてくれる。魚好きにはこれから2月の寒にかけてが、何より有り難い、美味い魚が味わえる時期である。魚好きにも一家言あると同じように、同じ魚でも地方によって有難味が異なるから面白い。概して好まれ目出度い席に欠かせないのが「鯛(たい)」である。鯛釣り師に言わせると、釣り上げたときの魚体の美しさは何とも表現し難い程のものとするが、美しさでは太刀魚やシイラ、地味ではあるがグレ(メジナ)やイサキも釣り上げた直後は実に美しい。この美しさと美味加減が一致しないから魚好きには一言多い方が目立つようだ。
 私は鰺、鯖、鰯が好きだが、鰯の中でも「小イワシ」が好きだ。カタクチイワシの事だが、広島を中心とした瀬戸内地域では「イワシ」とはカタクチイワシのことであり「イワシは七度洗えばタイの味」と言う程庶民的な魚の代表であると思う。一般的には「イワシ」は真鰯(マイワシ)を指し、「イワシの頭も信心から」と揶揄されるものであるが、これも安くておいしい魚で庶民の味の筆頭であったからであろう。
 古い本に「イワシ」は紫式部の大好物であったとある。或日、夫の宣孝が、帰ってきて「こんな下品な魚を食べるな」と叱られあり、式部は「日の本に はやらせ給ういわし水 まゐらぬ人はあらじと思う」と和歌で答えたという。
 真鰯はその体側模様から「ナナツボシ」と呼ぶ地域もあり、約15p程度を中羽イワシ、20p以上になると大羽イワシと呼び、最大30pぐらいまで成長するようだ。どのサイズも塩焼きにすると、実に美味しい魚である。
 秋と言えば「秋刀魚(サンマ)」が目に浮かぶ。流石に釣り上げた事は無いが、食欲の秋の代名詞のような魚である。
 イワシの刺身は良く食べたが、サンマの刺身は数少ない。サンマは北国の魚であるため、昔の輸送力では刺身に出来るような活きが良いのが手に入らなかったためであろう。
 作者は知らなくても「サンマ サンマ サンマにがいかしょっぱいか」の文節は良く知られている。佐藤春夫氏の「秋刀魚の歌」という詩集の一節である。同じ詩集に
 「あはれ秋風よ 情(こころ)あらば伝へてよ
  ――男ありて 今日の夕餉(ゆうげ)に
  ひとりさんまを食(く)らひて 思ひにふけると」

 男心の郷愁に触れる一節である。
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