清水三徳氏(元城北小学校校長)の釣り人生を振り返ります
第42話 《初夏を贅沢に》
 天気予報で『南海上に台風が発生しました。』の台詞が聞かれるようになると、磯釣りは慌ただしくなる。近年発生数は少なくなった様に感じられる台風であるが、雷雲を伴った夕立ととともに、これからの季節には、磯釣りの将に天敵である。特に台風によって遙か南からもたらされる『うねり』は、磯の底物釣り師の死命を制するものとなる。
ある時、まだ『うねり』は小さいとの判断から、沖にある『うねり』が直撃する面に背の高い岩壁を持つ磯に渡り、ワンドのように波穏やかな内面に釣座を構えた。徐々に強くなる風と、大きくなる『うねり』は岩壁が遮り、『うねり』が磯にぶつかる「ど〜ん、ド〜ン」と音は響くものの、特に危険は感じなかった。ところが、2時間ほどして船頭が迎えに来て『撤収』と告げた。半信半疑で片付けを始めたその時である、「ドオオオ〜ン」の地響きと共に、磯にぶつかった『うねり』が高波に化け、5〜6mの岩壁を遙かに越えて頭上から叩き付けてきた。あっという間にずぶ濡れになるだけでなく、気が遠くなる程の衝撃である。なんとも表現し難い程の痛さである。這々の体で磯から離れたのは言うまでもない。
 夕立の雷も恐いものだが、雷雲が近づく直前には、磯から離れがたい場面によく出くわす。気圧と風の悪戯なのだが、海面が波立ってくる。小さな波が、小魚が群れて暴れているような気配に似た状況を創り出すのである。この気配に寄せられて、小魚を補食する中大型魚が海面近くまで上がってくるようで、初夏のこの時期には、中型の勘八(カンパチ)や、縞鰺(シマアジ)の確率が高い。この瞬間に合わせて撒き餌を投入し、浅めの棚で魚を誘うのである。ルア−のような疑似餌でも良いが、勝負に許される時間は極めて短い。短気な雷様が邪魔だてに来るからだ。海面を雨が叩き出すと、忽ち撤収開始である。カーボン質の釣竿は、避雷針を持っているのと変わりがなく、危険度はすこぶる高い。魚を掛けたからと言って、頑張っている場合では無いのである。畳んだ竿からなるべく離れて、身体を小さくして雷雲が通り過ぎるのを待つだけである。雨に濡れた磯に落雷があって不幸な結果になった例も少なく無い。お気を付け願いたい。
 勘八(カンパチ)は釣味も良いが、それ自体も高級魚の名に相応しく、実に美味しい。身が硬く歯触りのよい魚で、刺身にして旨い魚の最右翼である。調理方法は鰤(ブリ)と変わりが無いが、30p程度の中型でも実に爽やかな脂あって、魚体の大小に寄らず美味しいのは、鰤には無い特徴である。
 例によって、この季節にお薦めを一つ。豚肉の料理にある【冷シャブ】である。勘八(カンパチ)の身を薄めに切り揃え、昆布を入れて沸騰させた湯にくぐらせ、冷水に一気に浸けるのである。水を切って季節の野菜とともに盛りつければできあがりである。贅沢の極みにもなる。お試しあれ。
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