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第44話 《名言との出会い》 |
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秋磯(あきいそ)の文字が釣り情報誌に登場し始めると、齢を幾つ重ねても心が踊ってくる。春先にも似た小魚が目立つ海面ではあるが、秋は春に比べて小魚に元気があるように見える。人と一緒で、暑い夏を乗り越えて、食の秋を迎えるのかもしれない。 |
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釣りには様々な名言があり(迷言はもっと膨大にあるのだが)、名人、名手と呼ばれる方々のそれは含蓄があって忘れがたいものである。中でも、愛媛県伊予市出身の安東氏が申された『イシダイは釣らんほうがむずかしい、そこにイシダイがおったら釣れてあたり前です。やさしく扱ってやれば大型も簡単に浮いてくるんです。そして魚を散らしさえしなければ数釣りもできるのです。』は、実に本質を言い当て、何とも簡単明瞭な表現なのだが、悔しいほどに実践が難しい、『蓋し名言!』の一つであると心得ている。 |
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皆さんは石鯛が鳴くことをご存じだろうか、 |
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私は石鯛釣りの餌にはカラス貝のむき身を好んで使う。竿は年齢を重ねるに従って軽く短めに加工した先調子を使い、餌をつけて仕掛けを打ち込み、手持ちにして竿先からの魚信を感じとる事に集中する方法を好んでいる。渡磯から納竿までこのくり返しで、まさに集中力と我慢のくり返しである。この緊張感・集中力、我慢もたまらない魅力に感じられるから、石鯛釣りは止められない。 |
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我が家に1枚の魚拓がある。石鯛63.8cm、5.3kg、俗に大判と呼ばれるサイズである。この記念すべき1枚を釣り上げた時も、相棒は連れ合いであった。夫婦で背の低い、渡り易い慣れた磯に上がった。周りの高場には、例によってクラブの釣友達が、各々得意とする釣り方で石鯛を狙っている。中判の石鯛を2〜3枚確保し、目指すは50p以上と気を入れ直して構えていた。 |
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家内の記憶によると「今日は何かが起こりそうだ。」と言ったらしいが、覚えていない。 |
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その言葉が終わらないうちに竿先が海中に舞い込み、魚を釣っている本人が、魚に釣られているかのごとくフラフラ引っぱられていたらしい。危ないと判断したのか、若手の2〜3人が高場から飛び降りてきて、何時でもサポート出来るように位置取ってくれている。手を出して竿に触ってしまうと私の釣果では無くなってしまうので、タオルとロープで安全帯を作って腰に巻き付け、最期まで身体を支えてくれていた。懸命に竿を立て直そうとするが、竿は極限まで曲がり込み、竿が折れるか、海に引き込まれるかの遣り取りだった様に覚えている。 |
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長いようで意外に短い時間の格闘だったらしいが、なんとか海中より引き上げ、波の勢いも借りて取り込む事が出来た。精根尽き果てた私を、皆が拍手喝采で祝ってくれ、仲間の承認を背に、見事な魚拓が居間を飾ることとなった。この時初めて石鯛の鳴く声を聞いた。グッグッグッグッと鳴くのである。釣友は、『よほど悔しかったんだろうね、ヘミングウエイ状態(「老人と海」のことらしい)だもんね。』と酒肴にするほどのはっきりとした鳴き声だった。家内も『磯の王者だって悔しくて泣く事があるんだよね。他の釣り人にも聞かせてあげたいものよね。』と笑っていた。 |
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